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山田塾長 正直日記

2025年02月17日
小生、天ぷらパーティーに意気消沈す


只今17日月曜日午前8時59分、
今朝は久しぶりにリアル寝坊、八ッと目が覚めた時はもう8時16分、
敢えての寝坊じゃなかったんで焦って飛び起き、超高速で洗顔から寝具片付けを終えて、
昨晩最後に洗い物をして乾かしておいた食器類を各場所に収納、やれやれと思ったらこーゆー時に限ってお茶がなくなってる、
あーもー面倒くせーとぼやきつつ1.5リットルの緑茶を水出ししておきました。

ここまでで約45分なんでまあまあテキパキ動いた方なんじゃないかと思うけども、
その分身体がだるくなっちゃって、今日はDaily Planをやらないまま『正直日記』を執筆し始めました。

新居に移るタイミングで、家具でもなんでも取捨選択しながら然るべき場所に配置収納したんだけども、
以前もお話したかしら、特にカラーボックスへの書籍その他の収納は適当で、
ホントは自分なりに納得出来る振り分けで収納したい、でも多過ぎて整理の方法が思い付かずまだやってない、
─ のストレスがずっとあるままなんだよね。

んな状況ん中、実はキッチンの食器類収納もあんま整理出来ておらず、
割と使うなあってもんを頭上の棚に入れちゃってたり、全然使わないじゃんってな水筒を足元の棚に入れちゃってたり、
今朝はんな状況がふと気になっちゃって、かと言って良いアイデアも浮かばず、
なんか余計なストレスがぶり返しちゃいました。

そう考えると僕は、新居だ新居だなんて喜んでるけども、真の意味ではまだ全然不完全ってことで、
ちゃんとしないとなあと自己嫌悪に苛まれんだよね。

さて、昨晩食器類を多数洗い置きしておいた、それはズバリ“天ぷらアベンジャーズ”を楽しむパーティー、
これを開催したからってのが原因でした。
ここんとこ昨日何食べた?的なお話ばっかだけども、どーか皆さん、お付き合い下さいましな。

あ、天ぷらアベンジャーズ、と銘打ってんだけども、
今回買い揃えられたんは、鶏肉、茄子、ウィンナー、それと新メンバーのエノキだけで、
ピーマン、オクラ、椎茸、大葉などは品切れだったり軍資金不足で買えなかったりで、全メンバーを揃えるこたー出来ませんでした。


アベンジャーズというにはかなり乏しい顔ぶれ、
でもまあメインの鶏肉がすんごい大きいもんだったんで良しとしましょー。

今までメンバーには入れてなかったエノキだけども、
例によって天ぷらに関する動画をたっくさん観てる時に、椎茸は高い、エリンギはあんま好きじゃない、
キノコ系での天ぷらはないかしらと思検索したらエノキ天ぷらの動画を見つけ、チャレンジしてみることにしました。

さて前回、新居に移って初めての鶏天をやってみた時、
天ぷらそのものの出来云々も気になったけども、もう一つ、
事後の片付けや掃除、これが結構なひと仕事だなあってのを痛感させられました。

まあある程度は想定してはいたけども、考えてみればそりゃ天ぷらっちゃー油がぱちぱち飛び散んのは必須、
その掃除が思いの外の苦労で、これは学びとしてありました。


てな訳で、コンロ周りに予め新聞紙を敷き詰めました。

一瞬、例えば高温の油が飛び散って火事になるかしら、とも思ったけども、全然その心配はありませんでした。
多分、飛び散ったとて新聞紙に落ちる時点では温度も下がってる、そういうことかと思います。

僕は揚げ物をやる時の、あの油がジュージュー→ぱちぱちする音がAMSRで、
そのため約4分がベストという鶏天の揚げ時間も全然苦にならず、敢えていっこずつ揚げて行きました。
今回は他の食材たちもあったんで、結局トータルで1時間くらい掛かっちゃいましたけども。

揚げ時間も苦にならず、むしろ楽しみながら次々と天ぷらを揚げて行く様子に、
僕は「準備や後片付けは面倒っちいけどこーゆー時間を実感すんのは良いことだなあ」と思い、
ただ天ぷらを揚げて食べるってだけの話なれども、これを“パーティー”と呼ぶんもそれなりにふさわしいなあなんて思いました。


1時間後やっと出来上がりました。
今回は折角なんで天つゆとからし醤油、両方を準備。

さて皆さん。
大きめの鶏肉でたくさん出来た大好物の鶏天、それに今回は乏しいと言えども他の食材も揚げた、
茄子の天ぷらなんてもー美味しいに決まってる、
…それはホントにそうなんだけども、僕はこの出来上がりを見て、ちょっと意気消沈しちゃいました。

そうです。
天ぷらの色がまたしても柴犬ちっくで、どーも気に入らんのです。

過日もお話したけども、僕はかつて一度だけ黄金色の天ぷらに成功したことがあるだけで、
後は軒並み犬の色、酷い時はドーベルマンかってくらい黒かったなんてこともありました。

これは多分、衣を作る時の水と粉の割合、それと油の温度と揚げ時間、んなんが関係してんじゃないかと思います。
それが判ってはいるものの、なんでかしら、僕は油の温度を維持すんのがどうしても出来ず、
強火にして急に温度を揚げちゃうか、心配で揚げ時間を超過しちゃうかどっちかの失敗をしちゃうんであります。

ん〜、
まあ味自体には一応満足したんで、それで良しとは思いましたけども。



んじゃまた明日!
2025年02月03日
世の中どうなる? その2


(昨日からの続き)
地下鉄代を払うはずのカードに残高がなかったとのことで、
急遽500円をお貸ししたその翌週(先日土曜日)、Zさんは有難うございました、助かりましたと御礼を言いつつ、
鞄から500円とQUOカードが入った封筒を取り出し、
そこからコインとカード(専用封筒に入ってる)を出して僕に渡してくれました。

お札ならまだしも、たかだか500円(僕にとっては大金だけども)、
わざわざ封筒に入れなくても、目の前で財布から、あるいはポケットから出して渡してくれても全然良いところ、
こういう“気付く人は気付く”みたいなところをちゃんとしようとしてるZさんに、
僕はもしや運動部とか上下関係に厳しい環境で育ったのかも、と思い、それとなく聞いてみました。

するとZさん、
ほんのちょっと困惑した様な表情で、
「いや〜今勤めてる会社がそういう会社でして…」と、意外な言葉が返って来ました。

確かに時には過剰なほどパワハラが取りだたされてる昨今、
学生の部活ではなく会社自体がそういう空気感ってのは僕からしても意外で、
まずそのことそのものにびっくりすると同時に、
「え〜でも、そんな雰囲気の会社なら若い人が続かないんじゃないですか?」
すぐにんな疑問が湧いて来ました。

「。」が恐いだの仕事上の注意でも傷心しちゃうだの、極端に脆いハートを抱える今の若者にとって、
業務はともかく容易にパワハラを想像出来そうな社風なら、
たとえ新人さんが入社したとしてもすぐに辞めちゃうんじゃないか、
僕はんな風に思ったんだよね。

ところがそう聞かれたZさん、さっき以上に困惑な表情となり、またしても意外なことを話してくれました。

曰く、
確かに新人さんにはもはやこらえ性など皆無、毎年10人入ったらまず5人は辞める、
それは僕の想像通りだったんだけども、
「でも辞めないで続いてる子たちに対しても会社は頭を抱えてる」とのこと、
Zさんによると、同期入社の“脆いハートを抱える若者たち”がお互い仲良くなり過ぎて強固なグループと化し、
グループ内で約束事を決めたかの如くそのメンバーは同一化、
与えられた仕事には真剣には向き合わず“叱られない程度”にいい加減にやる、
仕事終了のベルが鳴った途端、仕事が途中でも、また、周りの人がまだ仕事中でもさっさと終わらせて食堂に集合、
カップラーメンは食べるわゴミは散らかすわ、挙句の果てには上司が注意に来ても机に脚を乗せながら聞くわ、
それはそれはやりたい放題なんだそうなんだよね。

皆さんもお気付きかと思うけども、
この若者たちの所業は“上司でも俺たちにキツくは叱れないだろう”“もし叱られたらSNSで拡散すれば良い”、
んな絵に描いた様な“会社の弱み”を知ってるからで、
上下関係に厳しい社風の会社ですら、傍若無人な有難い新人さんたちを追い出すことは出来ないんであります。

このお話を聞く前日だか前々日だったか、
僕は“体育で行う持久走、競争させることをやめた”ってなニュースを観ており、
学校の方針としては学ばせることより楽しませることに重点を置いた、とのことで、
「そりゃマルハラとか言い出す若者が増えるはずだわなあ」と、他人事ながらため息をついたばかりでした。

皆さん。
どうしますかこれからの世の中。
もしや皆さん中にも、前述した様な若者に困惑してる方もおみえなんやないでしょーか。
でも、子供達に対して腫れ物に触る様なアプローチしか出来ない以上、世に出る若者はもーハートは弱くプライドだけ高い、
んな人たちで構成された世の中になってくんじゃないかと思います。

まあ会社には査定ってな最終判断の壁があんので、
恐らくZさんの会社の若者たちは、自身に降り掛かるバチみたいなもんをそれなりに受けることになるとは思うけども、
だとしても、
腫れ物に触る様な子供への教育→エゴを通し権利を主張するがやりたくないことはやらない若者を製造する、
今の世の中にはこの構図が歴然と存在してる、
この“大人がそうさせた責任”を、ホント考えなくて良いんかなと心から思います。

“山田塾長”に教わった塾生皆さんだけは、正しく勇気のある人に育っててくれたらなあと願うばかりです。



んじゃまた明日!
2025年02月02日
世の中どうなる? その1


一昨年の後期くらいからかしら、
僕が勤めるアルバイト先に、恐らく僕より若い50代後半の男性が来る様になって、
年齢も近いからか、僕はその方と結構仲良くなり、
シフト交代時には、僕にしては珍しく「もっと話してたいなあ」と思うくらい話が盛り上がる様になりました。

ここではその人を仮にZさんとします。
Zさんは、なんでもお父様の入院費や治療費を賄う為にアルバイトすることになった、とのことで、
本職は会社員、確か比較的大きなものを運ぶ専用のトラック運転手さんとかで、
会社がお休みの土曜日だけ、僕の後にシフトに入られてんだよね。

Zさんの人と成りとしては、いつもニコニコしてて、あんま俺が俺がじゃなくどちらかと言えば控えめ、
話をしてても常に相手を立てる様なところがあり、一言で言えば“良い人”ってな印象、
でも時々、例えば奥さんのご母堂様がご病気となったと聞いて「あー良かっ…しゃなかった、それは心配だと思いました」とか、
ちょくちょくブラックZさんな部分も挟んで来て、つまりオモロ良い人な感じなんであります。

さてんなZさん、
いつもニコニコしながら「お〜疲れ様で〜すっ」と入って来るところ、
先々週は妙に神妙な顔をしてやって来て、
いきなり「先輩(Zさんはスタッフの皆をこう呼ぶ)…実はお願いがあるのですが」とすんごい申し訳なさそうに言うんだよね。

や、何事?何かあったんかしらと僕もビックリして、僕も神妙な顔になって「なんでしょうか…」と聞き返しました。

すると、なんのこたーない、
Zさんは地下鉄で利用してるICカードに数十円しか残高がない、と家を出た後に気付き、
なんとか来る時は現金で賄えたけども、その現金も残り数百円、帰りの電車代がギリギリ過ぎて不安、
(Zさんはカードに頼って現金も数百円しか持ってなかったらしい)
少しお金を貸してくれませんか?ってな話でした。

以前お話したかしら、実は僕もアルバイトに行く際は千円札一枚あれば良いとこで、
帰宅時にスーパーに寄るとかじゃない限りはお金を持って行かない人で、
一瞬ドキッとしたけども、ホント幸いなことにこん時は千円札一枚と小銭が700円くらいあり、
電車代くらいならいくらでもお貸し出来ますぜ状態だったんだよね。

初め、念のため千円札にしましょうかと聞いたんだけども、電車代なんでコインの方がかえって都合が良いとのことで、
結局500円玉一枚をお貸ししました。

…なんてことをもうすっかり忘れていた僕は、
先日いつもの様にやって来たZさんの姿を見て初めて「そういやあ500円お貸ししたなあ」と思い出しました。

さて皆さん。
皆さんでしたらこういう場合、500円をどの様にして相手方にお返ししますか?
僕は、もし自分だったらと考えるに、やっぱ普通に相手から借りた時と同じ様に500円玉を財布から出して渡し、
有難うございましたと御礼を言う、普通にそうすると思うんだよね。

ところがZさんは違いました。
いつもの様に「お〜疲れ様で〜すっ」と入って来るなり「先週はありがと〜ご〜ざいましたぁ〜」と御礼を言い、
鞄から“返却用の500円玉が入った封筒”を取り出し、そこから500円を取り出して僕に返し、
尚且つ金500円也のQUOカードも一緒に渡してくれました。

え?これは?もしやわざわざ用意して下さったんかしらと聞いたら、以前何かのお礼に配ったものが余りましたので、とのこと、
僕は、高々500円くらいでここまでする…ていうより、返却する500円をわざわざ封筒に入れて持ってくるZさんに、
只者ではない感を感じ、
「Zさんって、もしかして上下関係の厳しい環境で育ちましたか?」
んな風に聞いてみました。

僕も、こう見えて普段ある程度礼儀に関しては気を付けなきゃと思う方で、
お借りしたものをお返しする際は、きれいに洗ったり畳んだり、改めて包み直したりするってのは考えんだけども、
さすがに500円玉だったら、まあお返しする際に両手で差し出すくらいしかやんないかもなあと思い、
Zさんはどこで相手への気遣いを学んだんかなあと興味が湧いたんだよね。

学生時代に運動部で…とか何とか、多分んなお返事だろうと思ってたら、
なんとZさん、何なら多少申し訳なさそうに、意外なことを話してくれました。
(明日に続く)
2025年01月30日
自分でも説明がつかない感覚 その2


皆さん、昨日は“その2”を執筆出来ず申し訳ありませんでした。
お陰様で一日座椅子にもたれてぼーっと過ごしたら、体調は“いつもの不調程度”に戻りました。
本日は28日付『正直日記』《自分でも説明がつかない感覚 その1》の続きを執筆致します。

…とその前に訂正があります。
本日“その2”を執筆するにあたり28日付『正直日記』を読み直してみたところ、
上から23行目《そこで目に飛び込んで来たんが、薬師寺保栄容疑者の逮捕のニュース》のあと、
実は、昔道場で薬師寺保栄さんのご子息をお預かりしていたことがあり、
前述した“ふと思い出した塾生”ってのは、薬師寺さんのご子息だったんだよね。
…この2行がごっそり抜け落ちてました。(現在は修正済み)

ノートPCでの執筆だと、テキスト入力時、打ち終わった文章が何故か勝手に消えちゃうことがあり、
いつもならすぐに気付くんだけども、今回は消えたことに気付きませんでした。申し訳ありませんでした。

んじゃあ以下、本日の本文となります。

(28日付『正直日記』《自分でも説明がつかない感覚 その1》からの続き)
ふと何かを思い出したり意識したりする、するとその後にそれに関連する、或いはそのことそのものが現実に起きる、
んなことが頻繁にあるってなお話をしたけども、
実は僕には、その現象以上にもっと不思議な、ある現象が起きることがあんだよね。

それは、いわゆる“予知夢”、ことが起きる前にそれを予め夢で見るってな現象なんだけども、
僕の場合、それを起きてる時に思い出して何が起きるかを予言するってことは出来ず、
ことが起きる瞬間に「あ、これ夢で見た」と感じるタイプで、厳密に言えばこれは予知夢には当たんないかも知れません。

一番近々で起きた実例をご紹介すると、
昨年11月初頭くらいかしら、新居でお風呂に入る瞬間、今しも湯船につかろうとしたその瞬間を、
少なくとも1年以上前に夢で見ていたってなことがありました。

僕の場合は、誰かが出て来てお告げ的なことを言うってんじゃなく、ある瞬間の風景や雰囲気、感覚そのものを見る、
んな感じです。

さて、
およそオカルトを信じない僕ではあんだけども、自分に起きる事実に嘘をつくことは出来ないんで、
起きる現象自体は純然たる事実なのに、その現象に論理的科学的説明がつけらんないという状況となると、
やっぱ“現象自体は超常現象、でも超常現象なんてもんは存在しない、なのに実際に自分に起きてる”なんていうスパイラルに陥り、
そうなる度に若干思考がバグる、んな混乱が起きんだよね。

前述した例で言うと、
ことが起きた時点でそれを以前夢で見たな、と思うってことは、
僕は新居に引っ越すずっと前に既に将来引っ越しをするぞってことを“知っていた”、
ばかりか“今住んでるその部屋そのもの”に引っ越す運命にあったってことになり、
ただ“結果的にホントに引越した”ってだけならまだしも、
夢を見た時点では全く存在すら知らなかったアパート、その部屋にあるお風呂の風景まで知ってたことになり、
当然、んなことある訳ないんで、んじゃあこれをどう説明すんのさと頭モヤモヤする結果となんのであります。

今一番有力なんが“自分自身で勘違いしてる説”で、
あ、これ夢で見た、と感じてる瞬間の風景は、実は過去に見た夢ん中からそれに類似する風景を無意識にチョイスしてるってだけのこと、
例えば旧居のお風呂に入ってる夢を見てて、新居で同じくお風呂に入ってる夢を見た場合、
同じお風呂というシチュエーションから連想、確かあれも新居での風景だったはずだ…と思い込む、
これなら在り得るかな、と思うんだよね。

ただね。
自問自答するに ─ 自分自身に起きることなんで本当に正真正銘嘘偽りなく正直に問うに、
や絶対勘違いじゃないよなあと思うし、もし勘違いにしても、現象が起きる数が過去を入れればもう数え切れないくらいある、
一度や二度ならまだしも、そうそう勘違いするかなあとも思うんであります。

オカルトなんてないと思いたい僕は、むしろ勘違いってのが確信出来た方がスッキリすんだけども、
子供の頃から起こってたホントの現象は、何度考えても、どう思い出しても事実に違いなく、
結局説明がつかないってことにモヤモヤして終わり、それを繰り返してんだよね。

こういうんはむしろ、精神衛生上のことを考えたら“あんま深く考えない方が良い”ってことなんかしら。
でも僕は、一旦謎だと思ったらもーそれを解かずにはおけない性質、
この先もずっとモヤモヤすんのかしらと思うと、それはそれで精神衛生上よろしくない気がします。
(自分でも説明がつかない感覚・完)



んじゃまた明日!
2025年01月28日
自分でも説明がつかない感覚 その1


つい昨日のお話。

座椅子に座ってて、トイレに行こうかなと立ち上がった刹那に(例の“うっちゃんストライキ中”ね)、
前にある本棚にふと視線が泳ぎ、
特にそれには用は無いんでただ漠然と ─ ていうより全く意識なく ─ そのままトイレ方向に目を向けたんだけども、
ほんのその一瞬、

何故か右から4冊目の背表紙がピンポイントで目に入り、
これもほぼ無意識のまま「ふっ。マインドマップ懐かしいなあ」と思うか思わないかのうちに身体が動き、
特になんも思わないままトイレに行ったんだよね。

昔本部道場での色々についてばんばん企画してた頃、このマインドマップの本を買って読み、
自分なりに役立ててました。

んな一瞬があってその後、
そうだそうだ録画したドラマ観なきゃととりあえず『御上先生』をチョイス、
このドラマは第一話から面白かったんで、楽しみにしながら観始めました。

「ん?」

暫く観ていると、ドラマん中に以下のシーンが出て来ました。



これは、御上先生が実施しようとしたある学習方法を、先生に替わって生徒が説明するってなシーンで、
皆さん、よく見て頂けますか、黒板に“マインドマップ”と書かれています。
当然僕は、ドラマを観る前に上記シーンがあることなんて知る由もないし、本棚への視線も全く無意識です。

なんてことがあって、ドラマを観終わった後、2025年のPROJECTについて企画仕事でもしようかなと机に向かい、
なんとな〜く昔道場である指導をしていた風景を思い浮かべ、その頃塾生だったある男の子のことをふと思い出しました。
あんな子がいてあんなことがあったなあ、そういやあ今いくつで何やってんかなあ…。
んなことを取り留めもなく思い出して、企画仕事を済ませてパソコンを立ち上げました。

そこで目に飛び込んで来たんが、薬師寺保栄容疑者の逮捕のニュース。
実は、昔道場で薬師寺保栄さんのご子息をお預かりしていたことがあり、
前述した“ふと思い出した塾生”ってのは、薬師寺さんのご子息だったんだよね。

これも、薬師寺さんが逮捕されるなんてもちろん寝耳に水だったし、息子さんを思い出したんも偶然です。

僕は「今日は2回続けて出たかあ」と不思議に思いました。

何故か取り留めもなく急にある事象や人、風景を思い出す、そしてその後その思い出したことに直結する何かがホントに起こる ─。
実は僕は、んもうこういうことがホントによくあり、今や感覚的には“自分には普通に起こるよくあること”ってな感覚、
ただ立て続けに2ケース起こったんは多分初めてで、それだけに「考えてみれば不思議なことだなあ」と改めて思いました。

そういえばあの人どうしてんのかなあ、とふと思うと何故か急に手紙や電話が来る、
久し振りにあれを食べたいなあ、とふと思うとその日TVでそのメニューの特集が組まれる、
昨日の“マインドマップの本”も、日頃はその存在を忘れてるが如く意識もしてない、でも次に観たドラマで出て来てる、
思い出す塾生なんて何百人も候補が居るはずなのに、ピンポイントで思い出した子に関連したニュースが出て来る、
僕が思ったからそうなったって訳じゃないんで、ある意味これは、やがて目にすることを先に予見した、予知した、
そうも言えんじゃないかと思います。

さて、基本オカルトを信じてない僕なれど、
自分に時々起きるこの“事実”について、自分で納得がいく“論理的科学的根拠”を考えてみたこともありました。

ふと思い浮かんだ何かがあり、それに直結する現実が“後から”起こる、
後から起こる現実について、もしや無意識に何らかの形でそのヒントをキャッチしてんのか、
でもそれが、何年に一度ってなことなら在り得るかも知んないけども、偶然にしちゃ頻繁過ぎる、
それに、後から起きる現実は先に予見したそれとドンピシャで、類似したなんかじゃない、それも不思議なんだよね。

まあ薬師寺さんの息子さんの件は、
日々色んな塾生を思い出す、道場での指導も思い出す、数々思い出す幾つもの“予見”の中に、
たまたまそれに直結する何かが後から起こるってのは、確率もそこそこ高いと思うんで在り得るけども、
(今回思い出してたんはピンポイントだけども)
さすがにマインドマップってなワードは、まさかんな言葉がドラマに出て来るなんて予見は難しいんで、
偶然と言うには無理があんなあと思います。
(明日に続く)


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