名古屋市 北区 西区 空手道場


山田塾長 正直日記

2025年08月13日
大恥危機一髪!


只今13日水曜日午前7時11分、
今朝は6時半ちょい前に起床、相変わらずのmorning routineだったけども、昨晩は炊飯準備をせずに就寝、
なんで今朝は朝食を作ることが出来ず、現在絶賛空腹地獄に陥っております。

炊飯準備をしないで寝たんは敢えてのことで、
ここんとこずっと誘惑に負けて、毎朝おにぎりをこしらえて食べちゃってたんでその分お米が無くなり、
このままだと今月またお米を買い足さなきゃいけなくなると危惧、
余分に朝食を重ねた分、空腹を我慢する決意をしたんだよね。

なんでんな我慢をしなきゃいけないんだと考えると凹みもするけども、
まあ現実と戦わなきゃいけないんは何でもそうなんで、現実に負けず耐えて行こうかと思ってます。

D駐車場での勤務が、寄りに寄って僕がいっちばん苦手とする“計算”が付きまとう仕事ってこともあり、
研修で新しいことを覚えなきゃいけなかった“詰め込みの日々”を過ぎた今でもテンションが上がらず、
とにかく今は経験を重ねていく時期なんだ、モヤモヤに耐えることで成長すんのだと自分に言い聞かせ、
今はただひたすら憂鬱な日々をやり過ごそうと暗い日常に浸っております。

さて、今日のお話は、
つい昨日起きた、「あっぶねぇあっぶねぇ」と冷や汗をかいたお話です。

確か『正直日記』でもお話したかしら、
いつだったか、ある日突然TVが観られなくなり、画面には≪受信レベルが低下しています≫的な表示、
数値も0となっており、設定を初期化してもっかいチャンネル受信をやり直しても全く変化なしとなりました。

多分これ、アンテナが傾いたとかなんじゃないのと管理会社に報告、
「只今その様なお電話を複数頂いております」とのことで、即然るべき業者さんに依頼、そちらに向かっているところです、
とのことでした。

この事案は結局、その日一旦復旧したものの、2〜3日後にまた同じ症状、それを直して復旧してもまた映んなくなる、
んなことが何回かあって、最近やっと「もう大丈夫だな」となった、んな経緯があったんだよね。

僕は根っからのTVっ子で、バラエティーやドラマが大好き、唯一の趣味がTV鑑賞なんぢゃないのってくらいハマってて、
なにしろもー帰宅したらまずTV着ける、何なら(今もそう)ボリューム0にして映像だけ流してる、
僕にとってはそんくらい、TVは必需品の上にも必需品なんであります。

当然“またTVが映らない”は忌々しき事態、僕は少し迷って結局管理会社に電話しました(またアイツかと思われんのが恥ずかしい)。
ところが何度掛けても留守電となる、そこで気が付きました。そうかお盆休みなんだ、と。

いや待て待て待て待て、てことは少なくともあと2〜3日、何ならそれ以上、僕は(このアパート住人は)TVが観られないってこと?
いやいや1日だけでも困惑事態、それが何日も続くなんて耐えられる訳ないぢゃないのさ!

僕は部屋中を歩き回り。迷いに迷って結局“管理会社が依頼した業者”に直接電話しました。
(そういう経路での電話に問題はあるか尋ねたら問題なしとのこと)

TVが映らないと困るんです、僕は恥を忍んでそう懇願しこれまでの経緯を説明、やがて担当の方に変わりました。

何せ今回の受信レベルゼロは“何回も繰り返された”事態、
僕は心ん中で(それ専門のプロが手掛けたんでしょ?)と若干キレ気味で、でも口調は平静を装って穏やかに穏やかに、
以前の様にまた直して頂けませんか、とお願いしました。
今まで、業者さんが来て直しさえすれば普通に映る様になってたんで、僕としてはとにかくまた直してさえ頂ければ、
んな心境でした。

状況は解りました、すぐにそちらに向かいます、
業者さんはそう応えてくれて、僕はもう「待ちさえすりゃあ復旧だな」と、電話して良かったなあと心から思いました。

「お伺いする前に、お客様にご確認頂きたいことがあります」
電話を切ろうとした直前、業者さんはそう告げ、念のためにケーブルが緩んだり外れたりしてないか見て下さい、と聞かれました。

(うへへバカぢゃないの、んなことある訳ないぢゃないの)
僕は電化製品の取説にある“故障かな?と思ったら”の筆頭的文言≪コンセントは抜けていませんか?≫、
これを読むたびに思ってた「んな初歩的なミス誰がすんのさ」ってな嘲笑を思い出しつつ、
一応TVの裏面を確認してみました。

…ケーブルは見事に外れてました。

「あ…ああ…なんか今、映りそうですぅ!あれ?なんでかなあ…」

僕は速やかにケーブルを元通り差し、いや、今ケーブルを差し直してみたら直ったみたいですぅと尤もらしく繕いました。
さすがに「ケーブル外れてました」とは言えず、ウソをついたんであります。

「そうですか、それは良かったです。ケーブルが劣化して緩むことはないとは言えませんので、新しく交換されると良いかと思います」
すんごい丁寧に、親切にアドバイスしてくれる業者さんをだましてるみたいで心も痛んだけども、
そん時の僕は、後へは引けない感に支配され、ありがとうございましたとカラカラと笑うことしか出来ませんでした。

業者さんに自宅に来られてたらもー、ホント大恥をかくところでした。

いや皆さん、聞いて聞いてっ。
アンテナ不具合が何回かあっての今回でしょ?
そりゃ「またかーっ」て思うと思うんだよね。ホントまたかーって思ったもん。



んじゃまた明日!
2025年06月30日
狼のひとりごと


一昨日と昨日付けの『正直日記』《大変なことになりました 前編 後編》でお話した今回の一連の“事件”、
要は“山田という男は粗暴で接客態度が悪い”ってなイメージが根本的な原因なんだけども、
確かにPさんに思わず「触るなっ」と怒鳴ったんは事実、
女性郵便配達員さんにクレームを入れたんも事実、
昨今よく起こってる、芸能人さんの不適切な言動による責任問題なんかを鑑みても、
どんな事情が有れ僕は何かを弁明出来る立場にない、とするならば、僕はどんな理不尽も受け入れなきゃいけない、
そう思ってはいます。

ただひるがえって、
んじゃあなんで僕ってのは、「それにはそれなりの理由があるのです」と主張したくなるような事態が多いんかと鑑みるに、
要は僕は、考え方が真面目過ぎる、自分で言うんもなんなんだけどもそれが根本原因なんだ、
んな風に思うんだよね。

例えばPさんについて、
言い方は悪いけどもPさんはまー嫌われ者で、
それは誰もが彼を嫌いになる要素を十分に持ってるってのが原因、
ホントはX社もPさんを解雇したいけども事情があって出来ないってな背景がある、
X社さんや他の皆さんは「あいつはああいう奴だから」的な感じで諦めの境地で居られるところ、
僕はそれが出来ずにどうしても「なんでそれが許されてんのだっ」と考えちゃう、根本にはそれがあんだよね。

一度、僕が仕事上の用件でPさんに電話してたところ、Pさんは全く無反応で無言で電話を切った、なんてことがありました。
僕が帰宅した後に管理室にPさんがやって来て、
「山田さんから電話があったけど途中で切ってやった、(山田は)なんか言ってた?」と僕の後のスタッフに聞きに来たらしく、
んなとこを見てもPさんの癖の強さはお判りになるかと思います。

一般の…というかTV局がオーナーになってるってくらい大きな会社が、
僕をクビにはすんのになんでPさんにはなんもお咎めなしなんか、どうしてそれが許されてんのか、
僕からすれば理不尽だなあと思うんであります。

で、
こっからが今日の本題なんだけども、
皆さんは如何でしょーか、
僕は普段から、例えば浜田省吾さんや武田鉄矢さん、小椋佳さんなんかのある曲のフレーズが急に頭に浮かぶ、
んなことが日常的によく起きんだよね。
過日お話した『なつかしい斜面』とか、僕の人生を変えた本『ぼくは12歳』ん中のほんの一言など、
曲じゃなく文章で浮かぶ場合もあんだけども、多くは昔聴いた曲ん中の1フレーズが頭に飛び込んで来んのです。

今回の一件があって色々考えてた時も、またんな現象が起きたんだけども、
面白いもんで、今回浮かんだある曲のある1フレーズは、今僕が悩んでる割と根本的なところを示唆してて、
いつになく、ちょっとハッとさせられました。

それは、んなフレーズ。
あまり一つの小屋に長く居過ぎると 上手に餌をもらう仕草ばかり覚え
哀れにみせる芝居ばかりが上手くなり 犬の中の犬 男の中の男 そんな心意気を忘れてしまう

これは、河島英五さんの『狼のひとりごと』ってな楽曲の冒頭の部分で、
安住の場所を得て安泰かも知んないけども、お前、自分が狼だっていう誇りを忘れてはいないかい?
一言で言えば、んな問いかけをされてる様な歌なんだけども、
僕は前出のフレーズが頭に浮かんでの後、そうだよなあ、そう言われればそうかもなあ、んな風に思ったんだよね。

飼ってもらってる立場からすれば、
野性を取り戻して飼い主に?みつこうとさえしなければ、餌も安住の場所も提供してもらえる、
牙を抜かれた元猛獣、己のプライドと引き換えに安定を与えられてる、
状況としてはそういうことだよね。

過日の『なつかしい斜面』ん時と同じく、この楽曲をまたしても主体と客体に分けて考えると、面白い構図が浮かんで来ます。

まず、主人も飼われてる側の狼も、どちらも主体にもなれば客体にもなれる、
んで、どっちを主体だと捉えるかで、安定に甘んじるかはたまた狼のプライドを取り戻そうとするかが別れる、
んな構図となんだよね。

飼い主側を主体だと捉えた場合、平和で安定してることに価値がある、そん替わり野生は忘れなきゃいけない、
反対に、飼われてる側の狼を主体だと捉えるとその逆の解釈が生まれ、
安心してられるだろうけど、お前本当にそれで良いのか?プライドはなくなったのか?となる、
つまり、ただ「さあさあ」と問題を提示されてるだけに過ぎない、んなことに気付くんであります。

僕は今、持病でしんどいせいもあって、もう出来得る限り安静で居られる人生でありたい、
どうしてもそう思ってしまう状況ではあんだよね。
事実、今回の事態がなければ、今はストレスゼロで正直助かってんなあ、毎日そう思ってました。

ただ運命は、どうやらそれを許すことなく、ばかりかもっと強い逆風を浴びせて来んのかも知れません。

逆風に抗う気力が、果たして僕に残ってんのかどうか、
しばらく自分自身の様子を見守ってみたいと思います。



んじゃまた明日!
2025年06月24日
珍しくアニメのお話


皆さん。
大変申し訳ありません。
過日、宮崎駿さんがアニメ『空手バカ一代』に携わり、空手の動きを正確にするため極真会館に通い詰めた、
んなお話をしましたが、これは間違いでした。

アニメ『空手バカ一代』に携わった方が実際に本部道場に見学に行き、空手の動きをアニメ化する際の参考にした、
このエピソード自体はホントで、僕は確実にその記事を読んだ記憶があったんだけども、
それは宮崎駿さんではなく、こちらもアニメ界では巨匠のお一人、出崎統さんでした。

こうなると、んじゃあ道場を見学したんは出崎統さんなんだとなる訳だけども、
宮崎駿さんと勘違いしてたってことを考えると、宮崎駿さんでも出崎統さんでもない、別のアニメーターの方かも知れません。
ただ、
名もない方について、そういう逸話が紹介されるってことが考えにくいとも思うんで、
当時からアニメ界では名を馳せていた出崎さんだと考えんのが妥当かな、とは思います。

因みに、『空手バカ一代』の原作漫画を描かれてたつのだじろうさんは、
見学ではなく実際に極真会館本部道場に入門し、大山総裁の指導も受けて、色帯(茶帯?)まで昇級されました。
こちらの情報は紛れもない事実で、つのだ先生の上段回し蹴りを大山総裁がブロックしてる写真が実際に存在します。

それと、これも全くの“因みに”話なんだけども、
『おばけのQ太郎』『ドラえもん』『笑ウせえるすまん』などでおなじみの藤子不二雄先生のどちらかの方も、
つのだじろう先生と同時に極真会館に入門された、
でもある日、もう一方の藤子不二雄先生とこっそり“対決”して負けてしまい、空手を辞めてしまった、
んな逸話も残ってます。
もう一方の藤子不二雄先生は合気道を習われていて、空手に入門して間もなくの対決だったんであっさり負けちゃった、
そういうことかと思います。

本題に戻ります。

出崎統さんは確か宮崎駿さんと同時期に活躍したほぼ同業者で、
『空手バカ一代』の他に、『あしたのジョー』『エースをねらえ!』『ベルサイユのばら』『宝島』などを監督され、
二台巨頭、と言われたかどうか、宮崎駿さんとはライバル的関係性だったと言われています。

…と、
漫画もアニメもそうそう読んだり観たりしない僕が、なんでアニメ界を語ってるかというと、
僕は美術部に所属してた高校生ん時に、部室に散乱してたアニメ専門誌を斜め読みしてたからで、
ほとんどの記事をただなんとな〜く読んでた中、『空手バカ一代』とくりゃあそりゃ目の色を変えて読む、
それ界隈に引っ付いて来る形で、アニメ業界のほんの一部に多少興味を持った、んな経緯があるからなんだよね。

んな背景があって、
僕はどっちかというとアニメ番組そのものよりも、作る側の方に興味があった模様で、
んな斜め読みしかしてない中でも宮崎駿さんや出崎統さんの名前を覚えてるってことは、
当時の両巨頭がどんだけ凄かったかってのを物語ってんじゃないかなあと思います。

僕は、前述した出崎監督のアニメ作品ん中で、
自ら好んで観てたんが『空手バカ一代』と『あしたのジョー』、
んでその他の作品『ベルサイユのばら』『宝島』などは妹が観てたんをチラ見した程度だったんけども、
後期(?)になってからの出崎統さんの画風には素人の僕でも「何か他と違う」と思うくらいのもんで、
終いには画風を見て「あこれ出崎監督の作品だ」と解かる様になりました。


出崎統さん作画による『あしたのジョー』矢吹ジョーと『エースをねらえ!』岡ひろみ。
出崎アニメでは、右の岡ひろみの様に止め絵なども効果的によくインサートされてました。

一方の宮崎駿さんは、今その気で観てみれば「なるほど宮崎作品だ」と解かりはするものの、
多分僕が興味を持って観てなかったんが原因だろうけども、僕自身にはあんま響かなかったんかなあと思います。

どっちかっていうと宮崎駿さんより出崎統さんの方に軍配を上げてた僕が、
なんで『空手バカ一代』の監督を間違って記憶してたかって言うと、
前述した“画風”の違いってのが一番の理由で、
出崎統さんが出崎作品だと素人でも解かるくらいの作画をし始めたんが『空手バカ一代』よりも後で、
例えて言うなら『空手バカ一代』は“普通のアニメ”、それ以降の出崎作品は“芸術的アニメ”、
“普通のアニメ”時代の作風が、宮崎駿さんの作風にも通づるもんがある─と勝手に僕が感じてた、
それで両者を混同してたんだと思います。失礼なお話でホントお恥ずかしい限りです。

今Wikiを調べても、ていうかネット上全域で調べても、
僕がお話した『空手バカ一代』の“見学エピソード”は全く出て来ません。
空バカ自体、アニメ作品としてはマイナーであるってのが関係してんのかも知れません。

ただ、アニメ制作者のどなたかが、本部道場に通い詰めて見学したってのはホントのエピソードです。
高校生だったと言えど、こと空手に関しての情報にはすんごい飢えてたんで、これは間違いありません。

宮崎駿さんは間違えてましたけども。



んじゃまた明日!
2025年06月22日
良い兆しとなって来ました


よく『正直日記』でもお話すんだけども、
小椋佳さんの楽曲で『公園に来て』っていう曲があって、それがもーすんごい“怖い歌”なんだよね。

お昼休みか何かにふと公園に来た主人公の視点で、
その公園には緩い日差しの中、
子供達やその母親や、あどけない少女達、休憩に来たサラリーマンや日雇いのおじさんなどが居る、
それぞれがそれぞれの憩いを求めてそこに居る、んな長閑な風景を詩ってんだけども、
そこに急に、“言ってはならない真実を咥え 見慣れぬ小鳥が飛んで行く”ってな歌詞が挟み込まれる、
つまり、この曲は決してただ長閑な公園を賛美してんじゃなく、
それとは裏腹な、もしくは相対的な、キラリと光る刃を含んだ歌なんだ、僕はそう解釈したんだよね。

“言ってはならない真実”を咥えて飛んで行くんがまた、小鳥だってのが余計怖さを増幅してる気がします。


小椋佳 『公園に来て』

昨日の『正直日記』でご紹介した『なつかしい斜面』という詩、
僕は久しぶりにこれを読み返した時、ああこの詩、よくよく考えたら『公園に来て』に似てんなあ、んな風に思いました。

『公園に来て』が主人公からの外的視点で描かれてんのに対し、
『なつかしい斜面』は作者の極めて内省的な視点で描かれてる─の違いはあれど、
どちらも“一見長閑な風景を詩っていそうな中に毒の様な寸鉄がある”ってな点で、両者の作品は似てんじゃないか、
僕は個人的に、んな風に感じたんであります。

んじゃあ僕が思う、『公園に来て』に於ける“言ってはならない真実”、
これと同種の毒が『なつかしい斜面』の何処にあると僕が感じてるかと言うと、
遠い斜面の底の方は腐れた都會の水溜りで何だかそこらは薄暗い幾何學圖形の堀割が
晝間(ひるま)もぐつすり寢こんでゐる
そいつの向ふを遠まはりして
電車の音はあとからあとから忙がしい都會の人口を運んでゐるが
まつ晝間だつて何だつてぐつすり寢こんでゐる奴がゐるものだ
作中ほぼ中盤にあるこの部分、これが、僕はこの詩の“毒の部分”である、そう思うんだよね。

遠い斜面の底の方、つまり人々があんま注視しない箇所には“腐れた都會の水溜り”がある、
んで、“何だかそこらは薄暗い幾何學圖形の堀割が晝間(ひるま)もぐつすり寢こんでゐる”、
整然とした幾何学模様ではあんだけども、でも薄暗く昼間でも寝込んでる、
つまり一見正しく思えるのに実は怪しいもんが、“都會の人口”には気付かれないまま存在してる、んな解釈も出来ると思うんであります。

まつ晝間だつて何だつてぐつすり寢こんでゐる奴がゐるものだ─これは、感じ方としてはユーモラスではあんだけども、
逆に、そうじゃない、そう見えて実はある種の警告なんだ、と無理くり捉えると、
見えないものを見ないままで良いのか?と問い掛けてんのかも知んない、んな風に思うんだよね。

『公園に来て』は公園とそこに居る人々、その人々が織り成す風景を客観視してんだけども、
『なつかしい斜面』は、枯草の斜面や幾何学円形の掘割を見てんじゃなく、自分自身を客観視してる、
内省的視点で語られるからこその、枯草の斜面に座ってる自分自身の“客体”、愚かな驢馬と言う比喩的存在がある、
ホントはその愚かな驢馬は斜面に座ってる自分という主体なのに、
自分自身を客体化することで、実は“愚かな驢馬”という自分自身も客体化する、
でもそれは、実はその驢馬が主体であるってことでもあり、
これは分離でも乖離でもなく、主体と客体が一体化してる、まともな心象風景なんだ、僕はんな風に思いました。

ちょっと話は反れちゃうけども、
人生の比較的早い段階で、多分自分では気付かないうちに自分自身が主体になっちゃう人って居るよね。

僕はホント思うんだけども、この“自分自身を主体と客体に分けて考えられる”ってな能力はホント大切で、
僕の拙い空手人生ん中で出会って来た諸先輩、諸先生方ん中にも、
ああこの方、早い段階で自分を主体目線でしか見られなくなった人なんだなあと感じる方も居て、そういう方は得てして幼稚で短絡的、
なんで僕は、内省的で主客の区別を感覚としてちゃんと持ってる方、そういう方々と一緒に居たい、
んな風に思ってました。

話を戻します。

ふと思って『なつかしい斜面』をそれこそ懐かしく読み返した時、
こういうんを“雷に打たれたみたい”って言うんかしら、今まで読み返した時にはなかった気付きがあって、
なんちゅーか、まるで神様が僕に当てがってくれたかの様に一つ一つの自分解釈が刺さって来た、
僕はこの『なつかしい斜面』の自分解釈をひとつの糧、拠り所として、もっと深く深く自分を内省して、
そうしてホントの答えを見つけようとしている、
今はんな状態なんだってことが実感出来ました。

まあ傷が深い分、その答えが解かんのがもっともっと先かも知んないとは思うけども、
少なくとも今、自分は良い兆しになって来たなあとは思ってます。

やっぱ、もがき苦しみ、考えに考え抜くことが、人生でいっちばん大切なことなんだなあと思います。



んじゃまた明日!
2025年06月21日
そいつは愚かな驢馬(ろば)なんだよ


2023年の丁度自分の誕生日前日(5月31日)に、
空手道正義塾塾生がゼロ人になり、それから早くも2年が経過しました。

一度、小学低学年の男の子の親御さんから、空手を習いたいとの問い合わせがあったんだけども、
このご時世、とても“山田塾長”の厳し過ぎる指導は歓迎されないだろうと、
すんごい残念で断腸の思いだったけども、空手道正義塾は厳しい道場です、と具体的な指導方法を記して(やや酷く盛って)、
それで宜しければとお返事させて頂いて、実質お断りしたことがありました。

んなことが有りつつも、
僕は、僕自身についてまず、自分のアイデンティティーを取り戻さなきゃってな思いもあったんで、
空手道場を運営するってことよりも、それが可能な精神状態になれる様、
自分なりに考えた“自分治療”を施したりもして、
それが思った以上にヘヴィーな作業だったってのもあり、
現在の僕は、まあそれはそれとして“生きる、生活していく”ってな行為を営んでいく方に思いを乗せてる、
んな状態となってんだよね。

昨年10月末に僕は引越しってな一大事を経験したんだけども、
そん時、本来は全ての引越し作業、全ての手続きが終了してから各方面の方々にお知らせしよう、と思ってたところ、
思い掛けず「引越しされた、と正直日記で読みました」と諸先生方からメールを頂き、
そこで初めて、幾人かの先生方が自分のことを(んな状態になってんのに)気に掛けて下さってるってことを知り、
それに少し励まされる形で、最低限諦めるとか投げ出すってのは避けなきゃなと、
苦しいけどもアイデンティティーを取り戻す作業は続行しよう、と決めて現在に至ってます。

で、 
今日のお話は、んな今の自分の中間報告というか、
もしやんな僕でもまだ気に掛けていて下さる諸先生がみえるとするならば、
未だ全く何の動きもしてない僕ではあれど、少なくともどんな状態であるかはお話しておかなきゃいけない、
そう思ってのお話となります。

何だか皆さんホントに申し訳ありません。

唐突なんだけども、ちょっと以下にご紹介する“詩”をお読み下さいませ(長くてすんません)。

なつかしい斜面 三好達治

なつかしい斜面だ
おれはこんな枯草の斜面にひとりで坐つてゐるのが好きだ
電車の音を遠くききながら
さみしいいぢけた冬の雲でも眺めてゐよう
ああ遠くおれの運んできたいつさいのもの思ひ
疲れたやくざなおれの希望なら そこらの枯草にはふり出してしまへ
かうして疲れた貧しい男が疲れた貧しい心をいたはつてゐるのは
何といふあてどのないおだやかな幸福だらう
けれどもおれの病氣の心は それでもまだ知らない世界を考へてゐる
無限に遠く 夢のやうに遠くどこかへひろがつてゆかうとする
意志を感ずる
意志を感ずる
ああその意志を不幸な轅(ながえ)から解き放してやれ そいつは愚かな驢馬なんだよ
病氣の愚かな驢馬なんだから向ふの方の松の木にでも繋いでやれ
彼をしてしづかに彼の夢を見しめよ……
さうしてそこらの黄いろく枯れた枯草でも彼の食らふにまかしておけ
遠い斜面の底の方は腐れた都會の水溜りで何だかそこらは薄暗い幾何學圖形の堀割が
晝間(ひるま)もぐつすり寢こんでゐる
そいつの向ふを遠まはりして
電車の音はあとからあとから忙がしい都會の人口を運んでゐるが
まつ晝間だつて何だつてぐつすり寢こんでゐる奴がゐるものだ

おれにしたつてさうかもしれぬ さうだらう
そんなことならおれにしたつてもうとつくの昔に悟つてゐることだ
このぼろ船はいつになつたつて港につかぬ
港は遠く見失はれて 波は高く 海は廣い
機關(きかん)はやぶれて燃料はつきてしまつたのだ
かまはず積荷をはふり投げて
こいつはかうしてここまでどうやらやつて來たのだ
燒け野つ原の都會の空をいぢけた雲が飛んでゐる
愚かな驢馬は向ふの方で
それでもあいつの性分だから 耳だけひくひくやつてゐる
すてておけ 仕方もないことだ

これは三好達治の作品の一つなんだけども、
僕は高校生くらいん時からこの詩が好きで、時々読み返したり、今ではスマホん中に保存してたりして、
ただただ“好き”“なんか解かる気がする”の域を出てなかったんだけども、
最近ふと思い出してまたこの詩を読み返してみるに、ああ今の自分の心境、状況を丸々代弁してくれてるなと、溜飲が下りる気がしました。

すんごい大雑把に言うと、
まずは解決しなきゃいけないな、と思ってた自分の“いっさいのもの思ひ”、
そういうものに拘って何とかしなきゃいけないと思ってたことそのものが“病気の心”だと解釈すんなら、
そいつは愚かな驢馬であり、遠く離れた松の木にでも繋いで“すてて”置けばよい、
もしかしたらそれが正解なんかも知んないなあ…と思ってるってのが、まさしく今の僕なんだよね。

なるべくご理解頂き易いようお話します。

僕は、アイデンティティーをちゃんと取り戻して、自分なりに思うある精神状態になる、
まずはそこ(そういうステージ?)に行かないと始まんない、戻ろうにも戻れない、んな風に思ってました。
でも三好達治の詩の様に、
その拘りは“病気の心”であり、んなもんはどうせ愚かな驢馬なんだから放って置きゃあ良い、
これを肯定してみるという考え方、見方もあるってことに気付いたってことなんであります。

少し前に自分で言ってた、それはそれとしてってのもこの気付きに近かった訳で、
要は“それはそれとして”はもう棚上げじゃなく捨てちゃって良いと解釈する、そういうことなんだと思います。
例の『燃えよドラゴン』の名シーン、指先に拘っていてはその指が指す美しい月には到達出来ない、
あれに似てると思います。

僕は今、果たして自分のアイデンティティーってのは何なんだろうってことが見つかり掛けていて、
僕の第二のスタートは、“燒け野つ原の都會の空”を“飛んでゐる”、“いぢけた雲”をこそ放置しないことであり、
愚かな驢馬はすてておき、早くそのスタートを切るってことが大事だ、
やっとそう思い始めて来たんだよね。

僕はよく思うんだけども、結局自分自身のことは自分自身ん中に答えはあり、それを探し惑う時間や期間も無駄じゃない、
それがまた新たな自信へと繋がる、
大体の問題はそうして解決されていくんじゃないか、んな風に思います。

諸先生方にはご心配をお掛けしておりますが、もう少しで新しいスタートが見えて来そうです。
頑張ります。



んじゃまた明日!


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