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山田塾長 正直日記

2025年05月03日
うやむやなご報告


2週間前、
4月18日付『正直日記』《言いたい言いたいものすごく言いたい》ん中で、
僕は「もうすぐ一生描き続けて来た夢が叶うかも知んない」ってなお話をさせて頂きました。

そん時僕は、肝心のその“ずっと思い続けてきた夢”が何なのかを、ものすごく言いたいけど言わない、
んな「だったら初めから言い出すな」な話で終わらせてました。
結局その件が一体何だったんかは、やっぱここではお話出来ないんだけども、あ、出来ないんじゃなくしないんだけども、
つい先日、念願だったその夢はちゃんと叶いましたということだけご報告させて頂きたいと思います。

もちろん僕自身も、ある程度はその夢を叶えるための努力?はしたけども、
何よりも、どっちかって言うと運とか巡り合わせとか、そういう“奇跡”みたいな要素の方が多く、
そういう意味では、ホント神様に感謝しています。

で、
今日のお話は、何の夢が叶ったかについてはお話しないけども、
んじゃあなんでそれを明かさないのかってことをお話したいと思います。
特にこの件は秘密にしたいとかじゃなく、
ただただ単純に、僕なりにそれを公開しない理由がある、そういうことなんだよね。

僕のお話の持って行き方が下手で、今“話したいことがある、でもそれは秘密”みたいになってるけども、
あらためて言うと、叶った夢自体は別に秘密じゃなく、例えば普段会う人や家族、
それと、この夢の件を何らかの形で知ってる─山田はそれが夢だったんだなを知ってる─って人には普通に報告しています。
全然怪しいことじゃないんで、皆「それはそれはおめでとう」と祝福してくれました。

ただ、その夢について、
否、もうちょっと詳しく言うと“山田が人生に於いて割と大きめの夢を叶えた”ってことについて、
この『正直日記』上ではお話しない方が良いんじゃないか、
少なくとも現時点では、僕は、それこそ正直に言うとそう思ってるってことなんだよね。

『正直日記』のコンセプトとして、
まず“山田塾長”とは違う、素の山田の方が自分や“山田塾長”を語るってな態があって、
素の山田は“山田塾長”とは違ってお猿さんの脳みそ搭載のおバカ、何をやっても半人前で、必ずバンザ〜イなしよな結果となる、
その情けなさぶりをご披露することで、「こいつバカだな」「こんなバカでも普通に生きてんだな」と思ってもらえりゃあ良い、
んなベースがあんだよね。

でね、
例えば上記コンセプトは実は全部嘘で、
ホントはすんごいお金も持ってて、女優さんみたいな奥さんも居て、
いわばビジネスとしてキャラ化して『正直日記』を執筆してた、なんて裏があったら、やっぱ面白くないと思うんだよね。

自分で言うんも変な話だけども、
多少盛ったりフェイクを駆使したりはあれども、
基本『正直日記』ん中の山田とホントの素の山田は嘘でも近くなきゃいけない、そう思うんであります。

ひるがえって過日叶った僕の夢は、
それが叶ったこと自体がまず自分では信じらんない、大げさでなく何十年も願い続けて来たことが叶ったってな状況、
なんで朝目覚める度に元の生活に戻ってんじゃないか、あれは夢だったんじゃないかと思うくらいで、
「ああ夢じゃなかった、現実だったんだ」と思う度に幸せを噛みしめてニヤニヤ、
んな状態がこれから一生続くんかと思うとさらにニヤニヤ、
つまり、んな“幸せな山田”をネタにした『正直日記』はもはや『正直日記』じゃない、
冷製に考えるとどうしてもそう思えてくんだよね。

叶った夢のお話を『正直日記』のネタグループに入れちゃうと、
多分今までのテイストとは逆の“幸せアピール”となっちゃう、んな『正直日記』は全然面白くないと思うんであります。

前述した通り、
そうは言っても逆にお話しないんは『正直日記』ん中だけで、
例えば普段会ったり話したり電話やメールしたりする近しい方々には、お話する機会があれば別に秘密じゃないし、
何ならSNSでも、他にブログを立ち上げるとかYouTubeに動画をUPするとかは、将来あるかも知んない、
ただただ今は、『正直日記』のテイストは今まで通りにしたいなあと思ってるだけで、
それも、んじゃあず〜っとそうかって言うと、それも絶対とは言い切れない、現時点ではんな感じです。

なんか結局うやむやなお話になってしまい、申し訳ありません。
悪いことでも怪しいことでもないんで、そこんとこはどーかご理解下さいまし。



んじゃまた明日!
2025年04月30日
すんませんすんませんすんません


只今30日水曜日午前8時50分、
今朝はいつもの休日通り、早朝6時20分ころ起床、
洗顔から髭剃り、キッチンで夕食のための炊飯準備をして寝具片付け、んでごくごく軽い掃除、
高橋君でDaily Planを済ませたとこなんだけども、
んな中大変なことを思い出しました。

以前『正直日記』でもお話した、
例の“ジャングルみたいなとこを抜けてやっと辿り着く場所”(10日付『正直日記』《春日和、体調を知る》参照)に、
またしても行かなきゃなんなくなりました。

先回ん時は、地下鉄を乗り継いで最寄りの駅に行き、そっから徒歩で何十分も掛かってやっと到着、
持病のこともあってややしんどかったんで、途中の公園で一休みしたりしました。

ただ、先回一応行けたは行けたけども、
またあのしんどさを味わうんかと思うとちょっと憂鬱になり、一応車で行くとどうなんかを調べてみました。

いや遠い遠いっ。
普通で行けば1時間くらい、でも僕は方向音痴の上に“1時間以上車を運転出来ない”ってな弱点もあり、
判んないけど倍の2時間を想定して出発、途中どっかで何回か休み休み行く、
そうしてやっと行けるかどうかってな遠い遠い場所でした。

地下鉄と徒歩も辛かったし、車は楽だけども持病の件で心配&緊張する、
でも行かなきゃなんないんでどっちかに決めなきゃいけません。んで出掛けなきゃいけません。

で、
這う這うの体でそこに辿り着いたとて、用事はそれで終わる訳じゃなく、
正直何をどうすんのか全くちんぷんかんぷん、かの“全日本軽自動車協会”ん時と同様、
現地に行って様子を見て、推測して窓口でうろうろして聞いて、多分何かの書類か何かに記入して…、
んな矢鱈に神経を使う時間を過ごさなきゃいかんのであります。

てな訳で、皆さんホントにすんません。
午前11時までにそこに行かなきゃなんないんで、余裕を持って2時間前の9時には出たいと思ってます。
何をどうすんのか不明なんで、いつ帰って来られるかも予測が付きません。

なんで、今日の『正直日記』は何のお話も出来ないまま申し訳ありませんがここで終了、
諸々準備してもう出掛けようかと思います。
皆さんホントにすんませんです。

んもうね、地図をいっぱいに拡大して、標準じゃなく上空写真にしても現地までの道が判んない、
ジャングルんとこがどうなってんのか、車が通れる道があんのか、どっかで車止めて歩きになんのか、さっぱり判りません。

ただ、歩きではあるものの一回行った場所なんで、大体の雰囲気はイメージ出来ます。
まあ、ちょっとしたドライブのつもりで、気長に気楽に行ってきます。んなことならおにぎりでもこしらえりゃあ良かったですな。

今日は思いがけず内容のない『正直日記』となり、ホント申し訳ありませんです。



んじゃまた明日!
2025年04月18日
言いたい言いたいものすごく言いたい


皆さん。
今日のお話…ていうか今日付のこの『正直日記』、
恐らく未だかつてないくらいご批判をお受けするかと思います。
もしこれが映画なら、絶対に金返せレベルとなると思います。すんません。

ていうんも、
今日のお話は表題の通り、んもうすんごい言いたいお話、
でも、今しも話してしまいそうなすんごい言いたい話を、本日最後までお聞き頂いても結局は何のお話かを言わない、
変なネタバレだけども今日はんな結末となるからなんだよね。

だったら話そうとすんなって話だけども、
なんちゅーか、今の僕の心の底の、ホントの気持ちをお話すんなら、
言いたい言いたい言わないけど言いたいってこと自体をお話しておきたい、
つまり、そのお話がなんなのかは結局お話しないけども、お話しない言いたい話があるってことを言いたい、
そういうことなんであります。

なんでんなおかしな状態なんかというと、
これはお話しても良いかしら、実はそのお話ってのは、ある意味僕の人生において割と大きな夢だった話、
長年ず〜っと持ち続けて来た夢が、もしや叶うんぢゃないか、
最近突然そう想像出来る状態になり、それがもー嬉しくて嬉しくて─まだ夢は叶ってないけども─ついつい顔がほころびる、
んな局面を迎えてるからなんだよね。

なんで、言わないけど“すんごく言いたい話”がある、んな状態になってんのであります。

さて皆さん。
今までも僕はこの『正直日記』でお話したことがあんだけども、
僕はそもそもは“普通の人が楽しいと思うことを楽しいとは思わない”ってな体質で、
今まで「お酒が飲めないなんて人生の半分以上損してる」なんて言われたり、
大きな遊園地に遊びに行っても「え?つまんないの?」なんて心配されたり(殊の外つまんなそうにしてる訳ぢゃありません、
んなんが積もり積もって、今や誰からも誘われないぼっちと言うにはあまりにぼっち過ぎる人間となりました。

んでまた、僕は友達なんていらん独りで居んのが天国極まりないってなソリタリーでもあんので、
そりゃもう楽しんだり喜んだりなんてのは縁がない人生となりました。

んな僕が、楽しんだり喜んだりもしない─それを面白いとは思わない─自分が、
まず“長年願って来た夢がある”“それは人生においても大きなもの”ってだけでも珍しいのに、
もしやその夢が叶うんぢゃないのってな兆しを垣間見てまさに“喜んでる”、これはもー奇跡が起きんじゃないかと思うくらい、
まれの上にもまれ、僕にとっては宝くじ当たったんかってくらい珍しいことなんであります。

そうですなあ…。
僕が人生ん中で「これは嬉しい」「楽しい」なんて思えることはホント少ないんだけども、
無理くり引っ張り出してくんなら、良い映画に出会ったとか、胸の好く様などんでん返しに騙されただとか、
エンタメで言うなら浜田省吾さんのチケットに当選出来たとか←これはかなり上位の嬉しさ、
大体はそんくらいのもんで、
なんちゅーか、一般的価値観からすりゃあ「んなもんで良いの?」ってくらいの薄さしかなく、
それで僕は胸を張って「これは最大に楽しい、嬉しい」と言えない、んな側面もあると思ってんだよね。

んな僕が、
敢えて言うなら夢が叶うなんて1mmも思ってない、ていうか夢らしき夢を持ってもいなかった僕が、
もうすぐ夢が叶いそうな兆し、それを思うと嬉しくて嬉しくて誰かに話したいと思ってるってのは、
自分で言うんもなんなんだけども、そりゃ貴重な瞬間でしょーなあと他人事みたいにドキドキしちゃうんであります。

あーそうそう、
今お話してて思い出したけども、嬉しかったってのをもうちょっと深い意味で捉えんなら、
望んだもんは大抵却下してた僕の母親が、中学生ん時に8000円のギターを買ってくれたこと、
それと、同じく中学生ん時に、通信教育だったけど空手を習わせてくれたこと、
この二つはもー飛び上がって喜んだし、今でもこのことだけはホントに感謝してんだよね。

この空手と音楽が、僕自身のアイデンティティーを形作る重要な、ホントに重要なファクターとなってくれた、
これは夢が叶ったとかいうんじゃなく、もっと運命的なもんを感じたりしています。

…てな訳で、皆さんホントすんません。
結局ホントに“言いたい話”がなんなのかをお話せずに今日のお話を終わりにします。

そうですなあ、その“言いたい話”、人生の夢が叶った場合、一体どんくらい嬉しいかって言うと、
例えて言うなら、これから一生毎週お寿司が食べられる様になった、そんくらいの嬉しさかと思います。
逆に言えば、もしその夢が叶った暁には、その夢が覚めてしまわない様にお寿司を絶つ、そんくらいの覚悟が出来る、
んな感じです。

あ、いや、それは嘘です。
やっぱお寿司は一生食べたいです。



んじゃまた明日!
2025年04月13日
思い出すと気になること 後編


(昨日からの続き)
4〜5歳の頃、山田家にあった『世界童話全集』みたいなシリーズ本。

白雪姫やシンデレラなどたくさんの作品が載っており、子供の本らしく明るく漫画チックな挿絵ばかりの中、
何故か唯一リアルなタッチの挿絵があり、
それは給仕仕事の恰好をした女性、豪華そうなテーブル、皿の上に乗った魚、その脇に置かれた指輪の絵で、
テーブルを見つめる女性の顔がもー、何故か記憶に残るほど怖く描かれてました。

当時その挿絵の異様さに、お話の内容が気になって物語を読んだものの、大人になるにつれてその物語が曖昧になり、
怖かった挿絵をふと思い出す度に、あのお話はどんな内容だったんかがすんごい気になる様になった、
昨日はんなお話をしました。

最近またふいにその挿絵を思い出し、
そん時たまたまパソコンの前に座ってたってのもあって、僕はいよいよ【【指輪 魚から出る 童話】で検索してみました。
その挿絵から唯一覚えてたんは、海に投げた指輪が後になって食べようとした魚から出て来た、みたいなとこで、
それで前述のワードで探ってみたんであります。

そしたら、まあ魚から指輪が出るってなシチュエーション自体が珍しいんでしょー、すぐに『魚と指輪』ってな作品がヒットしました。
んー『魚と指輪』、挿絵に登場するうちの二つがもう題名になってんので、ほぼほぼこれなんじゃないか、とは思いました。

ちょっと長いんだけども、どーか皆さん、我慢して下記のあらすじをお読みくださいまし。

未来を予知出来る、という王が、ある時自分の息子は貧しい娘と結婚する、という未来を知った。
王は、将来息子と結婚するはずのその娘が生まれた時、その赤ん坊を探し出して川に捨ててしまう。
ところが捨てられた赤ん坊は運良く助けられて、15歳になるまで育てられ、美しい娘となる。

ある日狩りに出かけた王が偶然この娘と遭遇、
何としてもこの娘と息子の結婚を阻止したい王は、娘を殺す様命令した手紙を家族に送る。
だがその命令は届かず、結局運命通り王の息子とその娘は出会い、結婚する。

この結婚が許せない王は、
娘(つまり息子の妻)を連れ出し、崖から突き落とそうとした。
命乞いをする娘に、王は「この指輪を見つけるまで息子の元に戻るな」と言いながら、金の指輪を海に投げた。

絶望した娘はボロボロになりながら彷徨い歩くが、ある貴族に助けられ台所仕事と住まいを得る。

ある日娘は、大きな魚を料理することになり、その魚をさばいていると、中から金の指輪が出て来た。
これはまさしくあの時王が海に投げた指輪、娘はその料理を持ってテーブルに行く。
なんとそこには、指輪を投げた王と、かつて自分と結婚した王の息子が居た。

娘はそのテーブルに魚から出て来た指輪を置いた。
それを見た王は「運命には逆らえない」と悟り、息子の元に戻ることを許し、3人は幸せに暮らした。

王様が指輪を海に投げる、
魚を料理する→その魚から指輪が出て来る、
…のみならず、娘は台所仕事を任され料理をテーブルに運ぶ=女性の仕事は給仕仕事そのものだし、
指輪をテーブルに置いた、まで挿絵と一致してる、
これはもうほぼほぼ99.99%“怖い挿絵”に該当するお話、そうでなければ世界的盗作ぢゃないのと、
僕はやっと長年の、否、これまでの人生の疑問が解けた思いがしました。

んがっ!
そのあらすじを読んでみるに、僕はどーにも違和感を感じずにはいられない、ある謎について気が付いちゃったんであります。
皆さん、おかしいと思いませんか。

確かにこのあらすじなら、ディズニーチックな挿絵は全然合わない、だから敢えて異様に怖いタッチにした、ここまでは解ります。
ただ、僕は思うんだよね、
「このあらすじ、とても子供が読む童話とは思えんぞ」と。
このお話はイギリス発らしいんだけども、外国の童話ってんなにも残酷だったかしらと、すんごい疑問に思うんであります。

息子が貧乏な娘と結婚すんのが嫌、んなエゴのために赤ちゃんを川に捨てるて。
せめてどこかに置くとか紛れ込ませるとか、もうちょっと違う表現あったろーにとちょっと怖いです。

それに、子供向けの童話にしちゃちょっと長いよね。
殺そうとするほど娘を憎んでた王が「指輪見つかったんならまいっか。これからは3人で幸せに暮らそう」の急変、
この急展開なハッピーエンドも「えええっ」と思うし、
絶対こっから娘の復讐劇が始まるフラグだよね(主演・安達祐実)。

まあ、一致度が半端ないんでタイトルは『魚と指輪』、挿絵も僕の記憶ん中の怖い絵で間違いないとは思います。
ただこのお話、どう考えても“小説”だよね。大人向けの。
(思い出すと気になること・完)



んじゃまた明日!
2025年04月12日
思い出すと気になること 前編


只今12日土曜日午後5時12分、
今日はアルバイトがある日だったんだけども、珍しく帰宅してから、
しかも夕食を摂ってから『正直日記』を執筆しております。

実は、今日もいつもの様にアルバイト先の待機時間中に『正直日記』を執筆して、
ちゃんと本日12日分を完成させたんだけども、
帰宅してコピペしようと思ったら折角執筆した本日分が全部消滅しちゃって、
仕方がないんでもっかい思い出しながら執筆し直すか、と思ったら急に力が抜けちゃって、んもう一文字も書けなくなりました。

なんで今日のお話は、んもうすんごい久しぶりにストックしてあったもんを掲載致します。
ストックってのは本来、病気やケガでどうしても執筆出来ない時のもんだけども、
まあまた後日、新しいストックを執筆します。

さて皆さん。
普段そうそう思い出すことはないけども、ふと思い出すとすんごい気になる、
いわゆる「あれは何だったんだ?」「どういう意味だったんだ?」みたいなこと、一つや二つ、ありませんか?

ネット上とかでよくあんのは、
小さい頃一緒に遊んだことがある○○君、○○ちゃん、
でも両親やその頃の友達に話をすると、「そんな子居なかったけど?」なんて言われる、
いや絶対居た、だって鬼ごっこして遊んだもん、なんて具体的に映像まで浮かぶのに誰もその子を知らない、
んな話を見掛けたりすんだけども、
これはオカルト的な意味でも、また、記憶違いが原因のリアルな話だとしても、本人にとっては気になる話だよね。

さて、僕にも幾つか「思い出す度に気になる話」があんだけども、
つい最近、その“気になる”部分がやっと解決したんで、今日はそのお話をしたいと思います。
あ、全然オカルトな話ぢゃないんで、どーか安心してお聞き下さいましな。

あれは4〜5歳の頃だったかしら、
昔山田家には母親が親戚かどっかから貰い受けた『世界童話全集』みたいな本があって、
白雪姫だのシンデレラだの、色んな童話が納められてたんだよね。

その本はもちろん子供向けのもんなんで、お姫様や七人の小人など、今でもよく見掛けるディズニーチックな挿絵が載っており、
子供の頃から読書が嫌いだった僕は、ほぼほぼ絵本の如く挿絵だけ見る、
折角の全集も、僕はんな扱いでその本を楽しんでたんであります。

でもその童話、数ある漫画チックで楽しい挿絵ん中で唯一、そこを開くと子供でも他とは違うぞと異様さを感じちゃう様な、
割とリアルな(例えばフェルメールとか)挿絵があって、しかもそれは、今考えてもなんでんなタッチで描くのってくらい怖い感じの、
給仕仕事の恰好をした女性がうつむいてる、その目線の先にはテーブルクロスが掛かった豪華っぽいテーブルがある、
魚料理が乗ったお皿と、多分ルビーと思われる指輪が置いてある、んな挿絵が描いてあったんだよね。

そのうつむいてる女性の表情がちょっと怖くて(泣いてる感じ)、僕は子供心にそのお話が気になったんでしょーな、
他の作品は読まなかったのに、その怖い挿絵の童話だけは、どうやら読んだみたいなんであります。

で、そっから小学生になり中学生になり高校を出て社会人となり…。
僕はそうやって大人になっていく過程で、その挿絵だけは強烈に記憶に残ったものの、肝心のその物語をすっかり忘れ、
前述した様に、怖い女性と魚、指輪の挿絵をふと思い出す度に、あの挿絵のもともとの話ってどんなだったんだろう、
それがもうどうにも気になる様になりました。

僕が唯一覚えてんのは、魚のお腹を開いたら指輪が出て来た、その指輪はかつて海に投げられたものだった、
んな箇所だけで、挿絵の女性が誰なんか、魚から出て来た指輪は何なんか、全く思い出せなくなっちゃったんであります。
ホント一時期『探偵ナイトスクープ』にハガキ出そうかと思ってました。

元を正せばその挿絵が異様に怖いタッチだったってのが発端で、
それによって僕はそのお話が妙に気になり、読んだは良いけど肝心のとこを忘れちゃった、
それは別に良いけども、でもその強烈な挿絵を思い出す度にお話は気になる、んなモヤモヤがずっとあったんで、
つい最近、いよいよそれを調べてみることにしたんであります。

なんせ当の童話全集はすでに50年以上も前のもの、
その全集を頼りに調べようにも出版社はおろか正確な書籍名さえも不明、
仕方がないんで僕は、【指輪 魚から出る 童話】でネット検索してみました。

すると、どうやらこれじゃないかなという作品が、一つだけ見つかりました。
ただ、その結果を受けて、僕はさらに別の謎が浮上して来たんであります。
(明日に続く)



んじゃまた明日!


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